研究者として生きていく上で、論文から情報収集する事は必須です。
しかし、論文の読み方を体系的に学ぶ機会が無かった方もいるのではないでしょうか?
多くの場合、学校の授業や研究室のジャーナルクラブで論文を読んでいく中で自然と身に付けると思います。
初めから効率良く必要な情報を論文から得る方法を学ぶ事ができれば、「研究って面白い」「論文を読むことって楽しい」と思う学生が増えるのではないかと思います。
私はどれだけ忙しい時でも毎日一報以上論文を読むことを学生の時から続けています。
今回は私が実践している論文の読み方をご紹介します。
目次
論文の探し方は目的によって異なる
論文を読む動機としては、
- 興味のある分野の最先端を知るため
- 興味のある分野のこれまでの研究の背景を知るため
の2つに大きく分けられます。
それぞれの目的で論文の探し方は異なります。
興味のある分野の最先端を知るためには、Nature, Cell, Science とその姉妹紙(免疫学であれば Nature Immunology, Immunity, Science Immunology)を含むトップジャーナルから論文を探すことがお勧めです。
これらのインパクトファクター(IF: 学術雑誌の影響力を示す指標)の高い雑誌は科学的・社会的意義があり、質の高い研究が多く掲載されます。
これらのジャーナルの公式 HP にアクセスし、タイトル一覧からどのような研究が Publish されているのかを知るだけでも、当該分野のホットトピックなど最先端の情報を掴むことができます。
私は毎週、上記の6紙は必ずチェックしています。
次に、目的の情報を得るために先行研究を探す場合、Google scholar や Pubmed などの検索エンジンを利用します。
このように能動的に目的の論文を探す際には、「仮説を立てて検索をかける」ことが重要です。
例えば、「分子Aが細胞Bに与える影響」に関する先行研究を探したいとしましょう。
この時に、「Molecule A, Cell B」と検索窓へ単純に書き込むだけでは無限にヒットが出てきてしまいます。
今回のケースの場合、「分子Aの細胞Bにおける機能や役割」を特に知りたくて検索をかけているはずです。
従って、「分子Aは活性化因子として働く報告はあるかな?」と考える場合、「Molecule A activates Cell B」のように仮説を立てて検索をかけると機能解析の研究がヒットしやすくなります。
この方法で検索する際に、掲載されているジャーナルがどのレベルにあるのか、インパクトファクターを参考にするようにしましょう。
インパクトファクターで論文の価値が決まるわけではありませんが、IF の高い雑誌である程、筋の通った研究をしている事に違いないので補助情報として考えましょう。
論文の読み方も情報の必要性に応じて変える
論文の構成は基本的にどのジャーナルでも同じになっています。
- Title: その論文が主張したい内容が纏まっている。
- Abstract: Title の主張をサポートする研究の概要が書かれている。
- Introduction: 今回の論文より前の研究の軌跡や現状残っている問題点・課題点が纏められている
- Material and method: 今回の論文で実施した (うまくいった) 実験の方法や試薬の仕入先が示されている。(再現性実験を実施できるようにするため)
- Result (Figure): 実験結果の説明と研究の流れ (ストーリー) が示されている。
- Discussion: 実験結果から考えられる考察や課題点、今後の展望について纏められている。
研究駆け出しの学生の多くは、全ての論文について Title から Discussion まで読まなければならないと考えていると思います。
しかし、そうではありません。
「その論文から得たい情報の必要性に応じて読み方を変える」ことが、効率良く論文を読むための秘訣です。
Title と Abstract から必要な情報が得られるか判断する
ジャーナル HP や検索エンジンに表示された Title から面白そうだと感じた論文が見つかったら、次にするべき事は Abstract を読んで「求めている情報が得られるか」を判別しましょう。
これ以降は私の好きな論文の一つを例にとって説明して行きます。
Nature に Publish された「胆汁酸代謝物が Th17 と Treg の分化を制御する」というタイトルの論文です。
炎症を惹起する Th17 細胞と免疫応答を抑制する Treg 細胞はどちらも腸管に多く局在する。腸管で Th17 と Treg の形成を制御するメカニズムは長らく不明だったが、腸管に多く存在する胆汁酸の代謝物によってこれらの細胞分化が調節されていることをこの論文では発見しました。
Abstruct はある程度流れが決まっており、「これまでの常識や背景知識 → 課題点や問題点 → 論文の発見のまとめ → 実験結果(メッセージ)の簡単な説明 → 今後の展望」の構成に基本的にはなっています。
このようにマーカーを引いておくと、読む時だけでなく、見返した際に論理が追いやすくなるのでお勧めです。
実はここまでを読むだけで、「論文の主張」を理解することができます。
従って、「検索したキーワードにはどんな論文があるか」「どこまで当該分野の研究が進んでいるか」「ホットトピックにはどのようなものがあるか」などをざっと知るために論文を開いたのであれば、ここまで読めば OK と言うことになります。
しかしながら、主張だけ読んでも、「本当にその主張って正しいの?」「根拠は何なの?」と気になる事が大半だと思います。
論文の主張を頭に入れて、次のステップに進みましょう。
Figure から論文の主張の根拠を理解する
論文を効率良く読むために、次に読むべきパートは introduction ではなく、Figure になります。
実験科学ではデータが主張を支える全てです。
従って、本文を全て読まずともデータが示す「メッセージ」を理解する事ができれば、論文から情報を得るという目標を達成する事ができます。
そのためには、まず各 Figure タイトルから論文のストーリーを把握します。
例の論文で言えば、
- Figure 1. 3-oxoLCA は Th17 分化を抑制する一方で、 isoalloLCA はTreg 分化を促進する (細胞における機能解析)
- Figure 2. 3-oxoLCA はTh17の主要転写因子RORγtに結合し、その転写活性を抑制する (Th17における分子機序解明)
- Figure 3. isoalloLCAによるTregの主要転写因子FoxP3の発現増加にmitoROSは必要十分である (Tregにおける分子機序解明)
- Figure 4. 生体内でも3-oxoLCA はTh17を抑制し、isoalloLCA は Tregを増加させた (同じ現象を生体内で確認)
この論文では 4 段構成になっている事が分かります。
次に気になるのは、それぞれの Figure タイトルを付けるに至った根拠となるデータです。
それを理解するために実際の図とそれに該当する Figure legend を見ていきます。
Figure は名前から分かるように実際の実験データですが、Figure legend にはそのデータの実験手法や説明が端的に書かれています。
自分が専門とする、あるいは慣れている分野であれば、Figure と Figure legend のみでデータが示すメッセージを拾う事ができます。
一方で、これらの情報からメッセージが拾えない場合は Result の該当する箇所を、あるいは実験手法がイメージできない場合は Material and method の対応する部分を必要に応じて確認しながら理解していきます。
Figure を理解する補助情報として本文をチェックしていくイメージです。
最新の研究をキャッチアップする際や、興味のある分野の知識を広げたい場合にはここまで論文を読めば充分です。
私がトップジャーナルをチェックする際もここまでの過程で内容を理解しています。
本文を詳細に読むことで主張を理解する
自身の研究に直結するような先行研究やジャーナルクラブで発表する論文の場合は、論文の背景知識や詳しい実験の方法、筆者らの考察まで理解する必要があります。
そういう場合には残りの Introduction, Result, Discussion を読んでいきます。
ここまでの過程で論文のストーリーは理解できているため、本文の内容も理解しやすくなっていると思います。
本文 (Result) も基本的には形が決まっており、「疑問 or 目的 → 方法 → 結果 → 考察」の連続で書かれています。
ジャーナルクラブで論文紹介をする際も同じように、「疑問 or 目的 → 方法 → 結果 → 考察」の順で各 Figure を紹介するだけで格段に良い発表になります。
自分の考えや疑問点アイデアを必ずメモしておく
論文を読む理由は知識を得るというインプットに目が行きがちですが、アウトプットを意識する事が特に重要だと私は思います。
論文の内容から得られた発見から自分の研究へ還元したり、論文の中で感じた課題点や問題点から新しい研究の着想を得られるかもしれません。
最も重要な事として、自分自身で思考を巡らせた論文の内容は数年後も覚えていることが実体験として多いです。
そうしたアウトプットに繋げるためにも、論文を読みながら思った事や感じた事、アイデア、疑問は端の空白にメモをしておくと良いです。
学生こそ論文管理最強ツール iPad Air を導入すべき
駆け出しの研究者が最初に論文を読む際は、分からない単語や実験だらけで気が進まないというメンタルの問題が大きいと思います。
そのメンタルを改善するためにも論文の楽しく読む工夫は特に初学者には必要だと考えます。
私は論文を読む最強ツールとして iPad Air の導入をお勧めします。
iPad Air では私が上記でお勧めした論文の読み方にも出てきた、マーカーやメモの記入が簡単にできます。
更に、論文をiPad上で見つけたら直ぐに読む事ができるので印刷の必要ない上、読み返したい時は検索機能を使う事で直ぐに見つける事ができます。
iPadでは手書きメモの検索機能まで付いているので、読み返したい論文にアクセスしやすく、重宝しています。
また、分からない単語や文章を「ライフサイエンス辞書」や「DeepL」で調べる手間や関連する論文を調べる事も容易にできます。
私が学生の時は価格をケチってiPad (無印) を使用していましたが、本体が重たく論文を読むのに適していなかったため、重量の軽い、iPad Air を全力でお勧めします。
iPad Air を学生が導入するメリットは他にも数えきれない程あります。
- 研究計画や実験ノートの作製: Evernoteを使用する事で実験結果をカメラで取り込み、プロトコルから結果、考察まで管理できます。
- PDF資料の閲覧: 授業のレジュメや教科書の取り込み画像の閲覧はもちろんのこと、自分で書いた申請書を印刷することなく客観的な見直しが可能です。
- 授業やセミナー、学会でのノート作り: 板書を写真で取って、画像ファイルに直接メモを取ることも可能。
iPad Air は研究生活において汎用性が非常に高いので、学業と研究に本気打ち込むならば是非購入を検討しましょう。
論文を読みこなせる事は人生において大きなアドバンテージである
世の中には科学的根拠のない情報に振り回される事が多々あります。
それはコロナパンデミックを経験した我々は容易に理解できる事です。
そうした状況でも自分で情報の信頼性を判断し、決断していくためにも、学術論文を読みこなす能力は極めて重要であると私は思います。
また、そういう理由でなくても、サイエンスにおける新発見というものはその発見に至ったストーリーや論理を理解できると非常に楽しいと思います。
その楽しさが分かるようになる方がこの記事によって 1 人でも多くなれば嬉しいです。
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